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藤井監督とは10年近くのつきあいで同志、盟友と呼ぶのにもっとも相応しい僕の大親友です。
California
Institute of The Arts(カリフォルニア芸術大学)在学中に知り合い、お互いの作品に助監督として参加して刺激を受けたり、一緒に作品を作ってみたりしました。また、同じアパートに住んでたこともあり、毎晩のように映画の話から将来、夢の話などなどジャック・ダニエルを飲みながら語り明かしました。
藤井監督は卒業後日本に帰り、見事「つんくタウン」から映画監督デビューのチャンスをつかみます。デビュー作を撮る上で製作進行の責任を持つプロダクションが必要と「つんくタウン」側から言われた藤井監督は困っていました。そこで僕は師匠・岡本喜八監督の喜八プロを紹介。岡本みね子プロデューサーは作品の製作を快く引き受けてくださいました。僕はアメリカにいて藤井監督のデビュー作「生地獄」の撮影に参加できず歯痒い思いをしていましたが、喜八プロと藤井監督の架け橋になれたことはとても名誉なことです。
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