日本映画に目覚めてから、一番好きな映画監督は、岡本喜八監督になった。シリアスな作品も、コメディタッチの作品も、現代劇も時代劇も戦争映画も、監督の作品はみんな好きだった。なんでそんなに好きなのか解らなかった。でも岡本監督の作品は、全部大好きだった。

1997年の夏、ロサンゼルスで「The Outlaw Masters」という活劇日本映画特集が行われた。
当時大学院にいた僕は、この映画祭を協賛していた日本国際交流基金で夏休みのアルバイトをしていたのだが、局長に「岡本喜八監督の通訳をさせてください」と頼み込んだ。ノーギャラでいいのでお願いしますと詰め寄った。僕のヒーロー、岡本喜八監督に会えるのだ。手弁当でもOKだ。
その結果、僕は約1週間、岡本喜八監督とみね子夫人の通訳兼アテンドをさせていただいた。
監督とお会いしてなんで監督の映画が大好きなのかが解った。
最初、僕は監督に会ったとき、「先生」と呼んだ。監督は、ボソッと「俺、先生じゃないから」と答えた。
かっこよかった。むちゃくちゃかっこよかった。この粋な男気が岡本喜八監督作品には滲み出ていたのだ。
この瞬間からだったと思う。
僕は岡本監督を師匠と決めた。監督の真似をしていつも黒い色眼鏡をかけるようになったのはこの後だった。
みね子夫人から監督のお葬式の後で伺った話がある。「監督の映画特集をやると女のトイレはガラガラで、男の方は列になるのよ」と。男は皆、監督の男気に憧れるのだ。
2005年2月19日、岡本喜八監督は映画の神様になった。
監督の遺した映画に焼きついた男気は永遠だ。これからもたくさんの人間を、世界中で魅了し続けていくに
違いない。