日本語字幕

僕が体験した仕事の中で、イチ映画ファンとして非常に興味深い勉強をさせてもらったのが英語の映画に日本語字幕を付けるという仕事でした。字幕が良かったとか良くなかったとか、英語がちょっくらできる映画ファンが多くなったせいでそんなコメントを耳にはさむことがけっこうあります。何を隠そう、僕もそんな映画ファンのひとりでした。でも今は、「そーいうコメントは、字幕の世界を理解してから言ってくれ!」と思います。英語が出来て、それを日本語に訳せるだけじゃ字幕は作れないのです。字幕付けの作業は、スッポティング・シートという英語(原語)のセリフ集とそのセリフが映画中、何時間何分何秒目で言われたか、そして各セリフを言ったのにかかった秒数が書かれたリストをもらうところから始まります。日本語字幕の基本ルールは、1秒につき4文字。これがトリッキー。例をあげて説明しましょう。

I saw him in New York, yesterday.

というセリフがあったとします。これを言うのには2秒しか掛かりません。ってことは、これを8文字で字幕にしなければならない。やってみてください。ちなみに“ニューヨーク”だけで6文字とカウントされます。

・・どうです。できないでしょ。

そうなんです。完全に8文字で訳すことは出来ないセリフなんです。そこで、字幕翻訳家は映画自体を数回見て、スッポティング・シートも数回読んで、メモを作り、ストーリーの前後関係を把握し、このセリフに取り組みます。ここで考えるのは、「彼を見た」のが大切なのか、「ニューヨーク」というのが必要なのか、「昨日」なのか・・・いろんな可能性がありますよね。それを見極めます。で、訳すべきなのは「ニューヨークで見た」だったとします。でもこれじゃ、9文字です。それじゃダメ。そこで字幕翻訳家達は頭をひねって、「ニューヨーク」を「NY」と書くことで文字数をセーブします。むかし風に「紐育」と書くのもアイデアですが、若い観客がそれを読めるか?そんなことも考慮しなくてはいけません。また、映画の作風を考え、若いキャラクターが「紐育」って言うのは変だなぁとかも判断します。「NYで彼を見た」これでOK。7文字。でも、彼を見たのが「昨日」だったという情報も観客に伝えておかなくてはいけない場合もあります。そんなときは、時間をかけて言っていながらあまり中身のないセリフを劇中から選び、そこに「昨日」という情報を突っ込むわけです。もちろん、ちゃんとセリフとして自然な感じになるように字幕翻訳家が工夫します。

と、このような頭脳パズル的情報操作の繰り返しが字幕を付ける上で発生するのです。それを、ちょっと英語が解かる人は、「あれー、このセリフでイエスタディなんて言ってないじゃん。いいかげんだなぁこの字幕は!」なんて言ってしまうんですね。というわけで、僕は字幕翻訳家の苦労をかじって以来、字幕の悪口は極力言いません。大変なお仕事です。ちなみにノークレジットでしたが、日本で買える輸入版のDVDで(LaserLightという会社が出しているシリーズ)、ヒッチコックの白黒映画「Young And Innocent」とチャールズ・ブロンソン主演の西部劇「Chino」、それからフランク・シナトラのドキュメンタリー「The Hollywood Years / On Television」の3作品に日本語字幕を付けたのは、僕であります。

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