ニューヨーク・ニューヨーク

掲示板にも書きましたが、ニューヨークへ行ってきました。NYは良いです。西海岸に住んでいるとポカポカ陽気に心も体もリラックスしすぎてしまうんですが、NYという東の大都市に行くとハングリーさというかスピードというか、忘れていた活気が全身で感じられます。9月11日のテロ以来、初めてのNY訪問。僕は緊張していました。2000年の冬に僕の短編映画がNYで上映されてから、僕にとってこの街は特別な存在なのです。いつか大成功を収めた映画を引っさげてこの地に戻ってくるぞ、みたいな気持ちを持っているのです。その街が惨事に襲われ、どうなってしまったのか。2000年の1月、一緒にNYに行ってくれた仲間とますますの努力とこれからの成功を祈って、世界貿易センタービルのバーで祝杯を上げました。そのビルも、バーも、今はもう無い・・・。個人的にあの日の世界貿易センタービルから3分の差で生還された方のお話をお聞きする機会にも恵まれました。書くのも躊躇われる事実ですし、ニュース等のメディアで報道され尽くした感もありますので、僕はここにあえてその内容を書きません。しかしNYは、見事に復活していました。悲劇の傷跡は残しながらもニューヨーカー達はスピリットを取り戻していました。

話題を変えます。(書き続けると感情的になり、テロに対する怒りや政治的な事など書いてしまいそうなので。)今回のNY訪問は、岡本喜八監督の最新作「助太刀屋助六」の上映をお手伝いするためでした。プロデューサーであり、岡本監督夫人であられる岡本みね子さんと今回の上映に同行された俳優の風間トオルさんのアシストをさせていただきました。(もともと僕は、岡本監督の大ファン。1997年に初めて監督ご本人にお会いする機会に恵まれ、以来監督を師と仰がせていただき、自称喜八プロ・アメリカ支部として監督訪米の際のアシスト兼通訳、映画祭との連絡やプリントの流通などのお手伝いをさせていただいています。藤井監督が「生地獄」制作の際、制作協力を必要としていたのですが、その時、藤井監督を喜八プロに紹介するという名誉な事もさせていただきました。)上映は大成功。「助太刀屋助六」は、岡本監督が60年代に撮られていた骨太時代劇のスタイルと「肉弾」以来撮られてきた繊細なコメディ・ドラマの見事な融合という感じで大傑作です。(当ホームページの仲間、俳優・田中宏明君もニューヨークデビュー!僕は独りで拍手喝采しましたよ。)アメリカの観客の大歓声を聞き、僕の持っているアメリカでチャンバラ映画を撮りたいという野望が一段と強い物になりました。というわけで、非常に有意義な旅でありました!

         














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