| 過去のお仕事 | ||||
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大学、大学院とアメリカの芸術大学に行きました。映画学科専攻です。芸大に行ったってだけで、ツブシがきかないのに映画学科なんて、救いようが無い(笑)。大学時代の昔話は別の機会に書かせていただくとして、今回は卒業以来、映画を目指しながらいろんな職業を転々としましたというお話。モロお金に困ってた時期がありまして、その時、生涯忘れる事の出来ないであろう仕事を経験しました。それは、民家を一軒一軒まわる訪問販売セールスマン。足を棒にして1日12時間歩き続ける。売っている商品はインチキくさいピザの割引クーポン。しかもアメリカで知らない人の家を訪ねて歩くというのは、正直おっかないです。この日、僕のパートナーは(ふたり一組のシステムでした)黒人の青年だったのですが、ノックした家がネオ・ナチ白人至上主義者たちのたまり場で、丸坊主の兄ちゃんが東洋人の僕と黒人パートナーをにらんで何も言わなかったなんていう事もありました。初日で辞めましたが(笑)、家に帰ってみるとおっきな血豆が足の裏にたくさん出来てました。 |
つぎにやったのが日本人観光客相手のバスツアー会社のガイド。中年の先輩について初日の研修に行きました。(お客さんをLA郊外のアウトレットモールに連れて行くだけの買い物ツアー。往復のバスの運転4時間。アウトレットで待つ事5時間!)お客さんの買い物中、先輩と話して時間を潰していていたんですが、大学院まで出ていること、映画を目指している事など、先輩は巧みに僕から聞き出しました。そして「今夜、メシおごるよ」と言います。ツアーの後、ラーメン屋で一品料理をつまみながらビールを飲ませていただいて、先輩が「君、こんな仕事しちゃダメだ。辞めなさい。夢に向かって進んで行きなよ」ってトクトクと説得してくれました。先輩のおかげで、これまた初日で辞めました。木○さん、今でも感謝してます。そのあとは、ゲティ美術館というLAの新名所的ミュージアムでお客様案内係を数ヶ月やりました。これで何とか極貧を脱出。 |
そしたらやっぱり、撮影の現場という環境に身を置きたくなり、アメリカで撮影された日本のCMのプロダクション・アシスタントを数回やります。一番印象に残っているのは、「トップブリーダーが推奨する・・・」ペティグリーチャムのCM。日本からかなりの数のお犬様がLAに来ました。僕の仕事は、お犬様とブリーダーさんのケア。そのときのスター、ブリーダーの本多さんのサイトがhttp://www2s.biglobe.ne.jp/~samoyed/ です。美しいサモエド犬にご興味のある方、ぜひ遊びに行ってみてください。フリーでやっていくことへ限界を感じ、日本のテレビ番組専門のコーディネーションをしていた会社に就職。ここで2年すごしました。ホント、いろんなところに行く機会に恵まれ、貴重な体験をさせてもらった職場でした。コーディネーター時代の話も別の機会に書きます。ネタの温存をしとかないと書くことにつまりはじめるので(笑)。今は、かみさんに食わせてもらっている髪結いの亭主状態で脚本を書き、商業映画デビューを狙っているのであります。 |
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