|
ひさびさに、本当に、自分の夢に賭けている男に出会った。彼の名は小坂正三(コサカマサミ)。俺の次回作の主演俳優である。
「主演作が無くて困ってるんですよ」と正三君から話を持ちかけられたのが去年の年末だった。酒の席だったこともあって、そのとき俺は気軽に、そして少しばかり無責任に「じゃあ、自分で自分の主演作の脚本を書きなよ。俳優が自分でホン書いて、映画をプロデュースしたり監督したりするご時世なんだから。」というようなことを言ったように思う。
正三君の悩みは多くの俳優が抱えているモノだ。または、就職を目指す堅気の方々と同じ悩みだ。つまり、求人広告には「経験者募集」とか「経験者優遇」といった忌まわしい5文字が並ぶということである。
いくつかの端役をこなし、アメリカ映画俳優協会(SAG)に所属することができた正三君は、ハリウッドでたくさんのオーディションを経験した。有名監督が撮る野球映画の準主演(日本人大リーガー役)の選考に最後まで残ったこともある。しかし、ハリウッドのオーディションも大部分は「経験者募集」であり「経験者優遇」なのである(もちろん万人が信じて止まないシンデレレラ的抜擢が無いわけではないが、そんなのにブチ当たるのは宝くじで億の金を手にするより、落雷に当たるより難しいだろう)。小さな映画でも独りで背負ったことのない、主演を張ったことの無い俳優の正三君は最後の最後でチャンスを逃してきた。ここに彼の悩みがあった。それが冒頭の会話へとつながる。
正三君から電話が入ったのはそれから半年が過ぎた頃だっただろうか。時々飲み屋で顔を合わせていたし、俺の試写会にも来てくれていたので疎遠になっていた訳ではないのだが、自分は拙作の売り込みに忙しくなかなかまともに話す機会が無かった。いつになく真剣な声で正三君は「映画を撮ってもらえませんか」と俺に言った。自分で書いてみた脚本には納得がいかず、未だに主演作が作れない。そこで、俺に脚本と監督をしてもらいたいと言うのだ。俺が出した条件はひとつ。チャンバラを撮らせてくれ、と。(俺が次回作に予定しているのは、チャンバラ・アクション。金の目途は依然立たないが、チャンバラを撮りたいという欲求は爆発寸前だった。)アクションが出来る俳優を目指す正三君はふたつ返事で俺の条件を飲み込んだ。
29歳の正三君は、男が30歳になる時の大きな賭けに出た。ズルズルと夢を追うだけではいけない。夢を現実にするためには後戻りの出来ない大きな挑戦をする必要に迫られるときもある。彼は、短編映画の制作費約140万円を自分で負担した。その金は、家族からの借金、彼女にあげる予定だった婚約指輪の資金、オーディションの合間を縫って寿司屋で働き貯めた金によって作られていると聞く。まさに男一匹、夢を叶えるか諦めるか、一世一代の大博打である。彼は自分を信じてこの賭けに挑んでいる。俺も正三君に賭ける。彼の夢も俺の夢も実現させるために。
こうして俳優・小坂正三の初主演作が動き始めている。 |