【侍】


胸が高鳴っていた。
窓の外は激しく吹雪いている。新幹線は確実に私を京都に運ぶ。

とある記事から奈良の山奥に今でも柳生の里があり、そこには剣豪・柳生十兵衛三厳の墓が現存している事を知った。以来、十兵衛の墓に参拝することが私の夢のひとつとなった。2003年の年末、わずかな日程で帰国することが出来た私はその夢を叶えるため奈良に旅立った。

JR京都駅で新幹線を降り、近鉄に乗り換え奈良へ向かう。車窓から見える五重塔が歴史の街に来た事を実感させる。

奈良駅から外へ出ると灰色の空が広がっていた。小雨がちらついている。寒い。新幹線から見えた雪、京都では降っていなかったので気を許していたのだが柳生の里では降っているかも知れない。

タクシーに乗り、柳生の里へ向かう。まるで時代劇に出てくるような景色の中を車が走っていく。【写真1】案の定、雪が見える。
 

【写真1】クリックで拡大         【写真2】クリックで拡大
 

タクシーに待っていてもらい柳生家の菩提寺である芳徳寺に入る。【写真2】たくあんを発明した事で知られる沢庵和尚がいた寺としても有名な由緒正しき寺院である。

吹き付ける雪と風、ぬかる泥に気をつけながら寺の裏に回り柳生家一族墓所に入る。

静寂。寺の人も観光客も、誰もいない。私は柳生家代々の侍たちに囲まれた。【写真3】【写真3】クリックで拡大

柳生十兵衛三厳は二十歳の頃から約十年間、諸国を隠密として旅したと言われているがこの十年の記録が定かではない謎の剣豪である。そのため、山田風太郎作の「魔界転生」などに代表されるよう無数のクリエーターたちが自由に想像を膨らませることのできる格好の歴史上実在の剣豪だと言える。
 

【写真4】クリックで拡大いつの日か私も自分の柳生十兵衛三厳像を映画で描けるよう祈り、彼の墓前で手を合わせた。
【写真4】

運転手に頼み、柳生石舟斎が天狗と思い一刀のもとに両断した岩があるという神社に車を回してもらう。

 

【写真5】クリックで拡大

【写真6】クリックで拡大
 

古い神社の境内、というよりも木々の鬱蒼とした山道を少し登る。柳生の剣豪たちが剣の稽古もしたと言われるこの場所はなるほどその雰囲気を湛えている。【写真5】

私が伝説の岩にたどり着いたとき、曇り空が斬れ、薄暗い森の中に日の光が鋭く射した。それはまるで柳生新陰流の刀のようであった。【写真6】

私は柳生一族に歓迎されたのかなと思い、ひとり微笑んだ。


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